| ワトスン君、大英帝国は今とんでもない危機に瀕している！ |
なんだいいきなり。
| かつては日の沈まぬ帝国と言われたわが帝国も、植民地では反乱が相次ぎ、欧州情勢も不穏だ。 |
まあ平和そのものとは言えないなあ。
| 国内では貧富の差が広がり、市民派日々まずいものばかり食べている有様だ。 |
このあいだもなんだ、せっかく僕がうなぎのゼリーよせを食べようとしたときにだ。 |
| あの、鰻特有の生臭さ、小骨のつきたち加減、そう言ったものが一切合切喪われていたんだ。 |
なのになんだ、小骨を取り除きやがって、臭みをスパイスで抑えやがって、食べやすいように隠し包丁を入れやがって。 |
何に怒っているんだ。
もっと雑で、おおざっぱで、適当な大英帝国の料理人らしくないじゃないか。 |
どうしてこんなことになってしまったのか。それはやはり、若者がいけない。 |
| 大英帝国の精神を受け継ぐべき若者が、外国の軽佻浮薄な思想に溺れ、伝統ある教えに背いているからだ！ |
伝統というのはうなぎを雑に煮ることなのか？
というわけで、今回の事件を利用させてもらう。 |
今回の事件って…？
| ほら、あの大学で起きた試験用紙改竄事件だよ。 |
ああ、そう言えばそんな事件もあったなあ。でも試験用紙の改竄なんて、わざわざ探偵に頼むような事件じゃないような。
| その通りだ。僕はスコットランドヤード、貴族、首相官邸、そして女王陛下からも事件解決を依頼されるような偉大な探偵だ。 |
本来なら、このようなちんけな事件にかかずらわっている場合ではない。しかしだ。 |
しかし？
この事件は僕がにらんだところ、大学内部の関係者による犯行だ！ |
| つまり、この事件を調べるためには、大学への潜入捜査が必要なのだ。 |
そして事件解決を名目に、学校内の綱紀を粛正し、若者の府抜けた根性をたたき直し、大英帝国を再建するのだ！ |
| というわけでだ、ワトスン君。あれを出したまえ。 |
いやだなあ、決して悪用はしない。だが、今回の捜査のためには必要不可欠なんだ。早く出してくれたまえ。 |
いや、だからあれってなんだよ。
| あれだよあれ！若返りの薬だ！ |
な、なんだと！大英帝国の科学力は今多その程度なのか!!! |
ていうか、若返りの薬なんてなんで必要なんだ。
| そりゃ、学生として潜入するんだから、若返ったほうが自然だろう。 |
| いや、学生というものはだな、学友から最大の影響を受けるものなのだ。だから学生にならなくては僕の大英帝国再建計画は水泡に帰してしまう！ |
そういうものかねえ。
しかたがない、ちょっとダンディさが溢れる学生だということで我慢しよう。 |
で、だ。ちょっとスコットランドヤードに電話してくれないか。 |
| 事件にスコットランドヤードの協力をあおぎたいということでだね、 |
こんな地味な事件に警察が協力してくれるか？
そこをなんとか言いくるめて、ホプキンス警部を派遣してもらうように…。 |
…なんでホプキンス警部を。
ひ、学生たるもの、一人ではなにかと行動しにくいからな。ホプキンス君と二人なら、なにかと目立たないかと。 |
ちょっと若さが暴走した学生だと思えば、世間も分かってくれるさ！ |
まあ現職警部が幼児だという現状よりはましだと思うが。
| さあ、分かったら早く連絡して早くホプキンス君を呼んで、早くおそろいの制服を着て、早く同じ寮の部屋に入って。 |
おいコラそれが目的かこの変質者野郎。
| うるさい！僕とホプキンス君の学生生活（はあと）を邪魔させてなるものかっ！ |
ああ、それと今はホプキンス警部いないぞ。
な、なにいい！ |
な、なぜ僕に知らせてくれないんだ！ |
| あああ…なんてことだ…。僕とホプキンス君の二人っきりのキャンパスライフが… |
しかたがない…。 |
え？
ヒゲの生えたおっさんの学生とで我慢するか… |
気をしっかりと持て!