いやまったく持って世の中というのはせまいものだよ。

ほんとうになあ。

 
 
まさかあれほど探していたミルヴァートンの子供が、この下宿にいたとは。
灯台下暗しとはこのことだな。 
   

しかも、その子供がミルヴァートンと同姓同名の謹厳実直な一介のサラリーマンの子供だったとはな。

…それじゃ別人じゃないのか。

 
   

ミルヴァートンの子には違いないだろう!

 

 
その親のミルヴァートンが我々の捜しているミルヴァートンじゃないだろう! 
   

なんだ、それだったらあのミルヴァートンじゃないミルヴァートンはミルヴァートンじゃないとでもいうのか!そんなのは暴論だ!ミルヴァートンは生まれながらにしてミルヴァートンである資格を持ち、ミルヴァートンとしてのミルヴァートン権を行使する権利があるんだ!それをミルヴァートンでも無い君がミルヴァートンのミルヴァートン権を侵害するような反ミルヴァートン的言動をするなんて!そんなことはミルヴァートンが許してもこの非ミルヴァートンの僕が許さない!

やかましいっ! 
   
しかし奴の秘密が過去にあるのはわかっているが、それを調べるすべが無いな。

あそこまで徹底して偽情報で固められるとなあ。

 
   
ここはひとつ、奴の懐に入り込む必要があるんじゃないかね。
どういう意味だい? 
   

奴のように周りをすべて警戒している奴ほど、内側からの攻撃にはもろいものさ。

しかし懐に入るといってもどうするんだい? 
 
ミルヴァートンをたぶらかすのさ。

たぶらかす?

 
 

言葉巧みにミルヴァートンに近づき、ミルヴァートンを恋に落とし、身も心も僕にささげさせてしまえば、奴の過去を知ることなんて造作も無いことさ!

 
……鏡を見たらどうだ? 
 
僕の得意技であるところの必殺逆声変わりを使って、アニメ声に声をかえればミルヴァートンを落とすことなんて簡単さ!
アニメの概念あるのか20世紀初頭。 

とはいえ、やはりミルヴァートンをすぐ落とせるかというと自信はないな。

そりゃそうだろう。 
 
この僕にどんな相手でも落とす恋愛テクニックがあるかといえばそれは疑問だし。
ミルヴァートン側の事情をまず考えてやれよ。 
 
かといってホプキンス君のように見るものすべてを蠱惑する妖しい魅力を兼ね備えているわけではないしなあ。
忘れているかもしれないがホプキンス警部は10歳以下の男児だぞ。
 
 

まずはミルヴァートンの恋愛傾向を調査だ!

なんだか過去を調べるより難しそうだぞ。 
 
なに、この分野の調査なら僕にはお手の物さ。
そうなのかい? 
 

たとえばミルヴァートンの近所の本屋に聞き込みして、奴がどんなハーレクインロマンスを買っていくか調べられるしな。

…あの年代の老人でしかも男がハーレクインロマンスなんか買うとは思えないが。 
 
なんだって!それじゃ八方ふさがりだっ!

一方しかなかったじゃないか。

 
 
仕方ない。それじゃミルヴァートン家のメイドを落とすことにするか。そっちのほうがハーレクインロマンスを買う確率も高いだろう。
どっちみちハーレクイン社ができたのは1946年だけどな。 
 
な、なんだって!それじゃ東山三十六方ふさがりだ!
少しは考えてからプランを立ててくれ。 
 

とたとたとたとた、
ホームズさん、ホームズさん、
お客様ですよお客様。
とたとたとた。

おやハドスン夫人久しぶり。 
 
あの…シャーロック・ホームズ先生のお宅はこちらでしょうか?
そうですが、なにか? 
 
わたし、エヴァ・ブラックウェルといいます。
実はホームズ先生にご相談がありまして…



ブラックウェル嬢!社交界の花形として有名なあのブラックウェル嬢ですか?たしか、ドーヴァーコート伯爵と婚約された… 
 
ええ…実はそのこととも関係があるお話なんですが…
あの…実は…
とりあえず話してみてください。 
 
はい…あの…ホームズさん、
チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンという名前をご存知でしょうか…?

!知っていますとも。
ロンドン一の悪党、ですね。

 
 
やっぱり…そういう方なんですね…。

あなたのような方が、あの忌まわしい男の名前を知っているとは、どういう事情があったんですか?

 
 
ええ…それは…たいへん話しにくいことなんですが…
まさか奴に恐喝されているということですか?
 
 
いえ、そうではないんです。

違う?
ではいったいまたどうして?

 
 
先日、私と伯爵の婚約披露パーティが開かれていたんです。

おそらくまた誰かを恐喝していたんですね。

 
 

それはわかりません。ですが、パーティの終わりごろになって、彼は私を呼び出して言ったんです。

「あなたを一目見て好きになってしまった。」

えええっ!
あのミルヴァートンが恋を!?

 
 
ワトスン君、これはチャンスだよ!
このブラックウェル嬢に協力してもらって、ミルヴァートンの秘密をつかむんだ!
しかしそんな、彼女には婚約者もいるんだ、そんな無茶をさせるなんてできないぞ!
 
 

成熟した妙齢の女性なんてどうなってもかまわないと僕は思うが!

骨の髄まで見下げ果てた変態だな君は。 
 

あの…話はまだ終わってないんですけど…
続けて彼はこういったんです。
「この思いを、どうかあの人に伝えてほしい」と…

え、それじゃミルヴァートンが好きになったのはあなたではないんですか? 
  

はい、その人は私の友達なんですが、ミルヴァートン氏の素性を知って悩んでまして…それでホームズさんに相談しようと一緒に来たんですが…

じゃあその友達という方はどちらに? 
 

 

ここです。

うわああっ!?
その異常に白い肌、ルビーを埋め込んだ
ループタイ、甘樫の杖!
そして邪悪のかたまりのような金色の眼!
お前は、モリアーティ教授だっ!!
 

 

なんてことだ!まだつづくらしいぞ!
次回のホームズの活躍があればお楽しみに!

襟裳川ミステリ文庫トップへ

SAKANAFISHホームへ